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フリーランスのデザイナーの目線で、色々なことを考えるブログ

東京オリンピックエンブレム問題について、CIデザイナーとして個人的に思うこと

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みなさまのご存知の通り、東京オリンピックのエンブレム・ロゴ問題は、使用しない+ゼロベースで決め直すということで、ひとまず決着がつきました。
・BLOGOS「”今や国民の理解を得られなくなった”〜佐野デザインのエンブレム取り下げで五輪組織委・武藤敏郎事務総長が会見」(http://blogos.com/article/131457/
・THE PAGE「佐野氏の五輪エンブレム使用中止を発表「今や国民に受け入れられない」」(http://thepage.jp/detail/20150901-00000007-wordleaf

このブログで一番最初に、東京オリンピックのロゴについて話題にしたのは、7月25日の「2020年東京オリンピックのロゴが決定」という記事でした。
事態は思わぬ方向に向かい、ベルギーのロゴに似ている・似ていないの問題に発展します。
こちらも、ブログで「シンプルなものが拒否されるのではないかと心配です」という記事にしました。

騒動から1ヶ月ちょっと、事態は急激に悪化し、使用しないという方向で決まりました。
今回は、使用しないという事で決着を迎えたということで、CIやロゴを中心にお引き受けしているデザイナーとして、私の意見をまとめてみたいと思います。

佐野氏はもともと有名人だった

佐野氏の名前を知ったのは、私がデザインや広告に興味を持ち始めた、中学2年の時でした。
今回の件で社会に名前が知られることになりましたが、デザイン業界誌にも幾度となく取り上げられ、デザイン界では有名人であった事は間違いありません。
私が持っている資料(デザインノート No.5)にもこうして載っています。

佐野研二郎 デザインノート
佐野研二郎 デザインノート

皮肉にも、フォトディレクション(写真撮影の監督術)に関する特集でした…。

ベルギーの劇場はパクっていないと思います

個人的には、ベルギーのロゴをそのままパクって、東京オリンピックのロゴを作ってはいないと思います。
同じ要素を検討して、配置したら、似てしまったのではないかと個人的には思います。
このような例は他にもあります。
クラブツーリズムと、ベネッセのロゴは人のモチーフとカラーリングが同じなため、似た印象を受けます。

ベネッセ クラブツーリズム.jpg

ロゴはコンセプトが命です。
コンセプトが全く異なれば、形が似ていてもアプローチの仕方は全く別のものになる。
これは間違いないと思います。

ひどい会見とその後のかっこわるさ

正直なところ、会見までは「佐野さん可哀想に」という、100%擁護の立場でした。
ただ、8月5日の会見が正直ひどかった。
・THE PAGE「五輪エンブレム問題 佐野研二郎氏が会見「盗用は事実無根」」(http://thepage.jp/detail/20150805-00000002-wordleaf
デザイナーがクライアントにプレゼンをする際は、出来るだけ分かりやすく、デザインに触れてきていない人の言葉で語るように心がけます。
「なぜここが赤いのかというと、これは情熱を表しています。赤い色というのは情熱や熱意なんかを表しているのに適しています。青では逆に冷静さを表現することになりますので、今回のコンセプトに合致しません。」という感じです。
8月5日の会見では、それがほぼなかったと思います。
なぜそこがそうなったのか、なぜ曼荼羅の発想になったのか、簡単には述べられていましたが、深くはなかった。
それは原案とは異なるものだったから、なんですよね。
亀倉雄策というデザイン界の巨匠に敬意を表して、大きな円を表現したらしいのですが、原案ではそれがなかった。
原案を修正した際に、円やフォントの着想を得たのでしょう。
だからこそ、デザインの説明が曖昧で、はっきりしないものになったのではないかと推測します。
その会見の後も、事務所の広報の方が「1個ミスしたらすべてダメになるんですか? エンブレムの制作過程に何か問題があるのですか?」というメディア対応をしていて、ああ、もうこれはダメかもしれないな、という印象になってきました。

「一般の国民には理解できないから取り下げる」という詭弁

東京オリンピックのロゴは取り下げることになった際の会見も、変でした。
「デザイン界では別物として理解される、佐野オリジナルである」「しかし、一般国民がこの説明を納得することは難しい、問題あり」というものでした。
デザインは社会のものです。
アートとは違います。
デザインは、社会の人に受けいれられて、はじめて機能します。
特にロゴやマークはその典型例です。
アートは、一部の人に受け入れられればよしという考えがあります。
なのにも関わらず、国民が理解できないから使用しない、というのは全く持って詭弁であり、デザインを愚弄していると思います。

普通のデザイナーは無断盗用は絶対にしません

そして、トートバッグの問題や、展開例の画像無断盗用の事態へと発展します。
断言しますが、普通のデザイナーであれば、このようなことは絶対にしないと思います。
私はしません。
商用利用フリーです、と明記されている画像はありがたく拝借する事もあります。
しかし、個人利用オンリーだったり、ましてやコピーライトを消してまで使用する事は絶対にない。
勉強のために、コピーライト付きの画像を、自分のMacのデータの中だけに留めて使用する事はありますが、これは個人で楽しむものとして保存しているわけですし、それをクライアントに提案する事なんて絶対にしません。
時々「デザイナーであれば、身に覚えがあるもの」という意見を見かけますが、全員がそうと言い切らないでほしいと思います。
トートバッグの件で佐野氏は擁護できないと思いました。
そして、展開例の画像無断転用では、怒りさえ覚えるようになりました。

デザインの世界を汚してしまった罪は重い

ロゴがここまで社会の注目を浴び、ニュースになったことはなかったでしょう。
それもマイナスな印象で注目を浴びてしまった訳ですから、これからデザインやCIを担当するデザイナーは、私を含めて仕事がしにくくなると思います。
完璧にオリジナルを求められ、少しでも似ているものがあったら、それがクライアントの成功に導く自信があったものだとしても、取り下げられ別の案に置き換えられることが増えると思います。
こういう状態に陥らせた、佐野氏の罪は重いと思います。
もう十分に社会的な制裁は受けているかもしれませんが、後輩や同業者に向けて、もう少し反省の色を出してほしい。
例えば、オリンピックという世界的なイベントのロゴであれば、ケチがついてしまった時点で取り下げをするだとか、原案を含め、どのような考えで、思考でこのデザインに至ったのか、詳しい説明を早い段階でする。
やはりウェブを閉鎖したり、なかなか意見を出さなかったりしたのは問題でしょう。
私たちデザイナーは、結構苦しい仕事をしているのは間違いありません。
所謂、利権やコネで守られたデザイナーとは違って、多くのデザイナーは限られた予算と時間で、毎日作業をしているのです。
それだけは理解してほしいと思います。
デザイナー全員が全員、適当な仕事をしているのではないのです。
また、シンプルな作業場=適当な仕事、という取り上げ方も何回か見かけました。
私のデスクも、出来るだけニュートラルにしておきたいと思い、仕事が終わったり、作業が一段落したら、筆記具やサンプルは一回全部片付けてきれいにします。
道具や書類、本が散乱している作業場=これがデザイナーの仕事場だ!というのも違います。
その人の仕事にあった作業場であればいいのです。

これからのデザイン界はどうすればいいのか

これまでの仕事を少し変えて行く必要はあると思います。
適当なクライアントに出会ってしまったら、何がまずいのか、しっかりとデザイナーの立場で説明する。
「適当に画像を拾ってきてよ」と言われたら、今回の件をしっかりと説明する。
それで仕事がなくなったって良いじゃないですか、そんなクライアントとは仕事をしない方が、自分にも社会のためにもなります。
あとは、説明をちゃんとすることだと思います。
なぜこの形ではいけないのか、似ているけどこの形がいいと思う理由…などです。
クライアントと同等の立場に立っていると思い、しっかりと相手が納得できる仕事をする必要があります。
これは私自身にも戒めの言葉として記しました。

東京オリンピックのデザインはどうするべきか

私は、あの招致のマークで良いと思います。

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東京にオリンピックを持ってくるという大役を果たした訳ですし、それを引き続き使用しても、IOCの許可を得れば問題はないはずです。
新しく公募して、展開例を考えて…というのは少々時間がかかってしまいます。
これまで、自主的なマークがネット上にアップされてきましたが、確かに見栄えはいいのですが、何となく配置されている図形や何となくの印象を受ける配色など、この辺はやはり詰めが甘いかな、という感じです。
さて、どうなることやら…。

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